日野川水系の小水力発電所
根雨発電所は、鳥取県日野郡日野町金持にある小さな発電所で、いわゆる小水力と呼ばれるジャンルに分類されます。
昭和33年12月、日野農協によって建設され、翌34年1月より発電を開始しました。
JA鳥取西部が所有する小水力発電所の中では更新のタイミングが最も遅く、ついこの間まで戦後間も無い頃のレトロ建築としてその外観を楽しむことができていましたが…
残念ながら今は一片の名残すら残っていません。
令和6年6月現在、すでに更新工事は完了しており、7月11日の竣工式を待つ状態となっています。
ただし、旧建屋のお写真もたくさん用意していますので、そちらがお目当ての変た…紳士淑女諸氏に於かれましても、どうぞ最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
それでははじめようか、ぽんきちくん。
やだってば。
もくじ
場所
冒頭で金持と書きました。
※金持=かもち
そう、たいへん景気の良い名前として名高い金持神社のある、あの金持です。
平日、休日問わず参拝者が続々、また正月ともなると数キロの渋滞すら起こる程の金持神社ですが、駐車場から少し離れると一転してのどかな山里の風景が広がっています。
そんな金持神社を横目に見ながら板井原方面へ2km程進むと、グニャグニャの峠道に差し掛かるのですが…。
根雨発電所は、その最初のカーブでいきなり姿を現します。
通り過ぎてしまうと転回すら困難な峠道ですので、手前の大きな退避スペースから余裕をもって歩きましょう。
取水堰堤と導水路
前回の記事で、導水路については事前に調べ様があるから云々…というようなことを書いたような気がします。
しかし今回の根雨発電所取水堰堤及び導水路は、地形図に表記の無い付帯構造物です。
そこでどうするかというと…
ド根性と体力に任せて虱潰しでも良いのですが、その前に少しだけ頭を捻って探索範囲を絞り込んでみましょう。
まず、水力を趣味として掲げている以上避けて通る事の出来ない公式、
P=9.8×Q×He×η
というのがあります。
P | : | 出力(kW) |
9.8 | : | 係数(重力加速度×水の密度) |
Q | : | 流量(㎥/s) |
He | : | 有効落差(m) |
η | : | 機械的な効率 |
といった感じの意味です。
この中でHeすなわち有効落差を知る事ができれば、あとは等高線を辿るだけで取水施設の場所がわかるという訳です。
残念ながら機械効率ηがわかりませんので、条件の似通った畑発電所を引き合いにして式を連立したい。
両発電所とも機械設備一式をイームル工業が同時期に手掛けているはずで、出力も同程度ですので水車も同じと仮定します。
これで機械効率ηも同程度と考える事ができるかもしれない…いやできる!
旧畑小水力発電所 | : | 142kw |
旧根雨小水力発電所 | : | 125kw |
旧畑小水力発電所 | : | 0.23㎥/s |
旧根雨小水力発電所 | : | 0.25㎥/s |
最後に、取水口の位置が既に分かっている畑発電所の有効落差を地理院データの断面から読み取り、それがだいたい71m。
材料が揃いました。
それでは根雨発電所の有効落差Heを求める連立方程式を解いていきましょう。
125=9.8×0.25×He×η
η=142/(9.8×0.23×71)
η=125/(9.8×0.25×He)
125/(9.8×0.25×He)=142/(9.8×0.23×71)
142(0.25×He)=125(0.23×71)
He | =125×0.23×71/(142×0.25) |
=57.5 |
以上、根雨発電所の大雑把な有効落差が求まりました。
立式した時点では我ながら半信半疑でしたが、なんかびっくりするほどそれらしい数字になりましたねw
ドンピシャりだな!おい…
(゚д゚)啞然
ただ、今回はいろいろなデータが揃っていたのでたまたま式を立てることが出来ましたが、実際のところ水力探索なんて個々別々の案件であり、毎回あーでもないこーでもない、などと頭を捻るのも醍醐味のひとつだったりします。
フッ、それにしても…怖い。
私は自分の才能がこわ
ねぇ…
素直に歩いたほうが早かったんじゃないですか?
黙らっしゃい。
少し脱線します。
ここ板井原川からの取水を目的として作られた頭首工なり堰堤工なりには、高い確率で嵩上げが施してあります。
そのへんの石を積み上げるだけで取水効率が高くなる、この実に巧みな職人芸の事を石コロ嵩上げ工と呼
ぽ〕ちょっと待ってください。そんなの聞いたこと無いんですけど?
所〕こないだ俺が決めた。
ぽ〕おいっ!(ビシッ)
別に全国津々浦々見て回ったわけではありませんが、少なくとも日野川界隈で私個人の得た印象としては、ここ板井原川に特に多いように感じます。
かろうじて日南町の所有している新石見小水力発電所で採用されていますが、別の工法『ガードレール嵩上げ工』です。
そして気が遠くなるほど芸が細かい事に、この石コロ嵩上げ工は導水路にも施されています。
まさに執念。
まさに職人芸。
絶妙の取水制御です。
以前掲示されていた水利使用標識の内容に変更無ければ、根雨小水力発電所の取水量は通年0.25㎥/s
そこに、涙ぐましい程の手直しが必要になった理由として考えられるのは、
・機械的ロスによる発電効率の低下
・土木的ロスによる取水効率の低下
の2つであり、そして恐らくその両方ともが理由だったのではないでしょうか。
それもこれも設備更新によって本来意図された取水量が確保できるようになると思いますので、もう見ることも無いのかもしれません。
それでは導水路の様子を駆け足でご覧いただき次に行きましょう。
沿革と諸元
旧根雨小水力発電所には、竣工記念碑的なものが建っていませんでした。
もしくは残っていません。
その為、私の手に入れた情報は日野町誌の記述のみとなります。
ほぼ前項の畑発電所と同様ですが、取り敢えず再度引用します。
戦後日野郡では農協経営による小水力発電所が、日野上村、石見村などに建設され、本町でも黒坂地区、根雨地区にそれぞれ畑発電所、根雨小水力発電所(金持)を設け、中国電力株式会社に売電を行っている。
…中略
農林中金の融資と自己資本によって、日野農協は金持、黒坂農協は畑地内、それぞれ建設したもので、事業内容は次のとおりである。
発電開始日 :昭和34年1月17日
発電常時出力 :125kw
売電料金 :3円10銭
昭和34年度売電料:3,345,472円
施工:三和建設株式會社
それでは前項と同様数字遊びをしてみましょう。
今回は、円安と諸々の事情によってエネルギー価格が急上昇している令和4年5月の速報値を参考にしてみます。
えー…ピコピコ、消費者物価指数が昭和34年のおよそ5.92倍になっています。
これによって上記日野町誌記載の金額を現代の感覚に換算してみると、
売電料金 :18円35銭/kWh
年度売電料:19,800,526円
次に、売電料金を基準にして換算してみます。
令和4年度、導水路新設型水力発電でありかつ200kW未満の売電料金が税別で34円/kWh
つまり昭和34年の10.97倍ですので、
年度売電料:36,692,274円
となります。
再エネ特措法によって買取金額が変わりませんので、やはり前回の換算と似たような数字ですね。
ちょっと強引ですが、20M~37M円程度の年度収入が期待できる発電施設として建設されたんじゃないでしょうか。
近年の動き
冒頭でも触れたとおり、こちら根雨発電所はJA鳥取西部が所有する発電所の中では設備更新が最後となり、令和5年4月の時点では工事の真っ最中でした。
令和5年3月着工令和6年4月完成予定
発注者 | : | 鳥取西部農業協同組合 京葉ガスエナジーソリューション(株) |
施工者 | : | (株)ティー・エム・エス |
なんかよく見るとモノレールが仮設されてますね。
ワク━(゚∀゚)━テカ☆
で、今はスマートかつ廉価な外観に生まれ変わっているというわけです。
発電の業務を担ういち施設としては老朽化が進んで手のかかる物件だったのでしょうが、レトロ建築という面から見ると凄まじい程の美人であった旧根雨小水力発電所。
泣いても笑っても今後その姿を拝むことは出来ません。
旧畑小水力発電所の時はロクな写真を残していなかったという痛恨の悔いが残りましたので、ここは入念に撮影を行いました!
もうこれ以上はグダグダ言っても仕様がありませんね、笑ってお別れを言いたいと思います。
長い間お疲れさまでした。